あきんど塾

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あきんど塾

5日間に及ぶ映画の撮影は、あっという間に終わった。
しかし、寒さと時間との戦いで、とても長い5日間だった。

 

 

役者さんや、撮影部隊のスタッフの食事、備品の取り揃え、エキストラ募集などの支援を行う"ちくせい絆サポーターズ"の一員として、自分も参加した。

 

仕事の合間や、仕事が終わってから参加した訳だが、少しだけお手伝いをしたことが、自分にとって色々な気付きと勉強になった。

 

まずは、自分は映画の世界を目指さなくてよかったなぁ、という気付き。

 

映画制作って、それはもう本当に大変で、とてもたくさんの人に支えられて出来上がっているわけで、それぞれがそれぞれの仕事をして、どれかが欠けてしまっても成立しないのだ。
こんなに大変だなんて思いもしなかった。

 

クソ寒かろうが、クソ暑かろうが、風が強かろうが、監督の「ハイ、OK」が聞こえるまで、最高のパフォーマンスを追求するのだ。
そこには、時間との勝負があり、予算との勝負があり、気候との勝負があり。。。

 

はっきり言ってロマンだ。

 

映画の勝負師たちが戦っている姿を垣間見ることができた。

 

いつもニューヨークヤンキースのニット帽をかぶっている熟練のいぶし銀のような音声さん。その愛弟子のひたすら大きなマイクを持ち続けるノッポの青年。ヤンキースに怒鳴られても、めげずに頑張っている。

 

大きな銀色の板を持ってしゃがんで演技を見ている青年。割りと動きに余裕がある。

 

演技の合間に、あきんど塾役者さんの髪型を直しているメイクさん。自分の仕事になるまで寒い中でも、ジッと耐えていた。

 

最初は何をしている人か分からなかった年齢不詳のラインプロデューサーの松浦さん。
打ち上げの時に、同い年と知りお互いに驚いた。さらには、実は映画製作には欠かせない重要な役回りをしていることを後で知った。

 

助監督の林さんは、キビキビと動き、甲高い声で、周囲を笑わせながら仕切って行く。
できる男だ。

 

そして、渋い男、土屋監督。33歳。
これからもいい仕事を成し遂げる面構えをしている。
打ち上げの乾杯の時は、伊達組の半纏を着て、顔をくちゃくちゃにしていて喜んでいたのが印象的だ。

 

吉本の坂本さんは、したたかな関西人のイメージが強すぎて、浪速の商人(あきんど)と呼んでいた。酔っ払った勢いで、本人にも言ってしまったかも。。。

 

同じく吉本の菊地さんは、いつも腰が低く、「どーもすいません」というのが口グセ。
その度に「こちらこそスイマセン」という羽目になる。

 

実は菊地さんとは、二つのエピソードがあった。
はらんべプロジェクトで、吉本興業に打診をした昨年の4月に、巡り巡って紹介され、担当してくれたのが菊地さんで、わざわざ下館まで足を運んでくれて、打ち合わせをし、アルテリオに展示してある明治神輿と平成神輿を案内したのだ。
この時は、まさかこのお神輿を巡って映画を撮ることになるとは、夢にも思わなかったが。。。

 

それから、今回の映画の撮影の合間の雑談で判明したのだが、
笠間JCのOB小田部さんと幼馴染だったのだ。家が斜向かいで、一緒に小学校へ通った仲だとか。世間は狭いものである。
もしも、FACEBOOKで友達になっていなかったら、笠間の総会でお話ししていなかったら、一生繋がらなかった縁ではないだろうか。

 

それから、勉強になったこと。

 

このイベントで、熱い背中を見せてくれた、白井先輩、大畑先輩の二人。
白井さんとは、舞祭りで一緒に仕事をしたことがあった。
大畑さんが、何か事業に打ち込む姿を見るのは初めてであった。
何故ならば、、自分が下館JCに入会した年に、大畑さんは卒業をされたこともあり、
同級生、早生まれの白井さんはラストイヤーに理事長をされたおかげで3年ほど同じ期間JCをやることができたからだ。
集中力、根回し、気回し、行動力、とメチャメチャ勉強になった。
グラコレにも活用できそうだ。

 

それからあきんど塾の笠原さんと、市村の二人。
笠原さんとは酒の席で一緒になったりして、話したり、酒を飲んだりする機会はあった。NPO地域創造館のメンバーでもある。
市村は同い年ということもあって、気兼ねなく話をする。お互いに言いたいことを言い合うので、キツイことも言ってしまうこともある。

 

二人ともJC歴があるわけではないが、JC以上に街づくりに熱心で、勤め人ということを言い訳にすることなく、出来ることを行動に移している。むしろ自分をはじめとするJCメンバーに教えてやって欲しいぐらいだ。

 

 

仕事として映画を作る人間も、無償で支援する人間も、熱い魂を持って一つのことに取り組んだという点では、全くおんなじ。勝負している。

 

映画のタイトル「またいつか夏に。」と同じように、またいつか、2012年の冬の出来事として、いい思い出になるのだろうか。

あきんど塾のオリエンテーション

明日のイベント前の事業計画のオリエンテーション大丈夫かな。

 

 

最後の集客メールを送ろうとしていたのにごはんの後に寝落ちてしまい

 

今はもう寝れるタイミングで寝ておかないとやばいのでそのまま寝たら

 

人様が寝ている時間になってしまったので明日の朝にしましょうかね。

 

 

気分転換もしながら明日の配布物を作っています。

 

もちろん自分の広報込みですが。

 

 

イベント用に以前働いていたお店からチョコ含めネット通販で購入しました。

 

被災地での雇用支援としてニットプロジェクトをやっていて

 

「ぴーちゃん」なるトリさんのキーケースがありまして

 

チョコとセットで買ってしまいました。

 

色柄選べないんですが、なんと大好きな色の組み合わせのものが届きました。

 

商品と一緒に入っていたレターに一緒に働いていた

 

一番仲の良かった子の文章があって読んでいて

 

やっぱり好きだなと思いました。

 

宮崎あおい似のおじょーさんですが、

 

インドとか放浪した子で中身は男前です。

 

月曜に恵比寿のお店に顔を出すつもりなので逢えたらいいなぁ。

 

 

あと南アフリカで作られたビーズのエンジェルのネックレスも届きました。

 

明日明後日と会場で見せびらかす予定です(笑)

 

 

るいるいさんにサンタラブレターの報告会のチラシも取り急ぎ作ってもらって

 

送ってもらったのでお渡し予定です。

 

 

沖縄の娘さんからは間に合わなかったのかな?

 

 

滋賀のお嬢さんがやってる被災地でのキャンドルつくりについても

 

ご案内したいな〜。

 

 

自分の今後写真の展示予定も決まりましたのでご案内予定です。

 

 

いやいやもちろんFUNKISTのCD発売も忘れません。

 

 

告知まつり(笑)

 

 

なんかこっそり素敵なことをされている方がいっぱいいるので

 

(いやFUNKISTはこっそりしてない)

 

たくさんの人に知ってほしいなぁ〜と思います。

 

 

さっき友人と電話で話してて、

 

そのイベントで何が伝えたいかわからないよって言われましたが

 

なんかあったかい気持ちになって帰ってもらえたらいいと想ってます。

 

あわよくばみんなFUNKISTとフェアトレードの虜になればいいと

 

想っています。

 

 

ゆったら早いからゆっちゃった。

 

 

こうゆうのその場で感じて評価してほしくて

 

ゆわないほうがいいのかと思ってましたが

 

どうも私はわかりにくいようなので。

 

 

後ここ最近の文章はFUNKISTよりもなによりも(←ひどい)

 

自分に興味をもってもらいたくて書いてました。

 

 

はい。

 

 

この人がいいと想うものなら信用してみようと

 

想ってもらえるにんげんになるのが目標で

 

 

いっつも逢った時あんまりしゃべんないから

 

何考えてるかわからないようなので

 

すごい考えてやってることを思いつきでやってると想われることも

 

多々ありまして。

 

 

自分が伝えたいことというより

 

相手が必要としていることに重きをおくので

 

全体的にぽや〜んとしてるんでしょうね。

 

 

イベントとか人に逢うときって

 

自分が元気じゃないといけないとか

 

笑ってないといけないとか

 

想いがちで

 

 

それで私は外にでることが怖くなっていた時期があって

 

特にイベントなんて知らない人にも逢うし

 

「何してるの?」って聞かれたら

 

「ニート」としか答えられないから困るし

 

そんな時期にCHO−1さん主催のイベントは

 

安心して行けてたんです。

 

 

そこに集まる人の空気が優しかったから。

 

なのでCHO−1さんをトークゲストに呼んでます。

 

どこまでも自己防衛(笑)

 

 

たぶん今でも私は

 

人であることをだいぶ放棄したくて

 

ひきこもっていた時期は

 

せめて植物になりたいってずっと想っていて

 

(だって生きてるだけで二酸化炭素をだしてしまうから

 

光合成して空気をキレイにしててすごいなって)

 

 

今はしゃべれるネコくらいの扱いでいっかなとか

 

 

おいしいごはんが食べれてほっとしたり

 

キレイな絵をみて涙が流れたり

 

あたたかな陽だまりに和んだり

 

優しい音楽に包まれて眠りについたり

 

そうゆうことがたいせつで

 

その場所にいる間自然でいられるような

 

そんなイベントにしたいんだと想います。

 

 

でね〜、フェアトレードとかのイベントにきてくれる人って優しいからね〜

 

南アフリカの現状とかチョコレートの児童労働の問題とか聞いたら

 

なんかしなきゃ!!みたいになってしまうと思うんだ〜。

 

 

そうゆうときにね

 

フェアトレードとか身近でできること
現地行かなくてもできることあるよ〜って
別にすごいこととかしなくていいんだよ
まずは目の前の人を大切にしよ

 

 

自分の両手を広げて

 

 

その範囲を大切にして

 

 

たんじゅんに

 

 

ひとりひとりがそうしていったらいいと思うのです。

 

 

がんばりやさんが抱えてしまうから

 

このくには生きづらい人が多いと思うのです。

 

でも一方で無関心であったり無礼者もいるのも事実で。

 

 

だからもうちょっとひとりひとりに負担を分配できたらなと思うのです。

 

 

ただこんな私企画のイベントに来てくれる人は

 

もともといい人たちばっかだから

 

もうちょっと人に押し付けてもいいんだよ〜って伝えたいのかな。

 

 

 

さあ、言いたいことをまさかの前日に書いちゃったよ。

 

ネタばらしにもほどがあるだろう・・・

 

 

もうおいしいチョコ食べたかったら来てください。

 

最後はモノでつるって最悪だ〜。

 

 

書いてるといろいろ気づくね。

 

 

明日しゃべる気ほんとにあるのかな、わたし。

 

 

でも、でもでもね。

 

いちおうたくさんの人に伝えたいって想っているのです。

 

 

そんなときのユーストリーム―!!

 

(はい、ドラえもん風にお願いします)

 

 

使えるツールはとことん使います。

 

ここでやっとあきんどの本領発揮なのです。

 

 

 

 

みんな

 

 

バレンタインにはフェアトレードのチョコ渡して

 

 

ホワイトデーにはFUNKISTのCDをお返ししたらいい。

 

 

そんでらぶらぶになればいいんだ。

 

 

で、新婚旅行に南アフリカ行って記念に植樹したらいい。

 

 

晩婚化対策にもなって日本政府も喜ぶよ。

 

 

そーだ。そーだ。それでいいじゃん。

 

 

西郷さんならきっと南アフリカのおじいちゃんち連れってってくれるよ。

 

 

この人たちFUNKISTのCD聞いて幸せになったんだぜ〜って大喜びするよ。

 

 

FUNKISTは日本変えるくらいのパワーを

 

余裕でもってると想ってます。

 

 

西郷さん

 

「音楽でセカイは変えられるかって?変えてやるよ。

 

でもひとりじゃむりなんだ。」(←ややうろ覚え)

 

ってライブCDでゆってたよ。

 

 

今度のライブスケジュール愛知県でワンマン2個もあったよ〜。

 

 

愛知県

 

「愛を知る」って書くんだよ。

 

 

普段なにげなく見ているものに

 

素敵なものっていっぱいあると思うんだ

 

あきんど塾のお寿司

大晦日からおせちとお寿司、年越しそばでビールを飲み、21時には娘と眠ったせいで、年が明けた2時に目覚める。福島からの「朝まで生テレビ」を視聴。昼過ぎには震度4の地震があり、龍からの手荒い挨拶かと年男らしい感想を記す。2日(火)は恒例のカミさんの実家。赤ん坊だった姪っ子がしゃべるようになっていて可愛い。3才児ながらボクが持参したタブレットにも見事な食いつきで取り扱いも手馴れたもの。4日(水)は仕事始め。年末年始でオフィスの壁紙が張り替えられ気分一新。お昼はドームホテルの「たん熊」。5日(木)、朝は銀座松屋の「上田宗箇展」。夕刻には江戸東京博物館の特別展「平清盛」とオープニングセレモニーの連発。大河ドラマ「平清盛」に出演する深田恭子の和服姿にテンションがあがったまま、「大江戸八百八町 花の舞 両国国技館前店 −相撲の北町−」で夕食。帰宅すると、玄関に娘からの手紙が。

 

「パパ!ほうしゃせんぶしつのはなしだけど、じしんがあったまえからほうしゃせんぶしつがあるってはなし、このまえしてたでしょ?それ『オリオンざ』の『ベテルギウス』って星がばくはつしたからじゃない?1月5日の夜7時20分13秒にテレビでやってたヨ!!!!!!」(原文のまま)

 

6日(金)の午前中、豊川稲荷に初詣。夕刻からは賀詞交換会。7日(土)、翌日、10才の誕生日を迎える娘のために「Wiiのマリオカート」を購入。8日(日)、お昼前に自転車で門仲へ。家族で深川不動に初詣。帰宅して娘の10才の誕生日をお祝い(写真)。9日(祝)は昼から新年会。飯田橋から茗荷谷までぶらぶら歩く途中、牛弁天北野神社にてお参り。「ねがい牛」というなで石に触れてみると何ともいい気持ちがする。茗荷谷周辺は大変貌だったが懐かしい面々と「和来路」は変わらず。酔っ払いの戯言というか、よく言えば貴重なアドバイスをいただきつつ飲むこと5時間。10日(火)、同じ東城町出身で映画監督・脚本家として活躍されている佐藤信介さんから丁寧なメールが届く。この週は毎年恒例の「ふるさと祭り東京/東京ドーム」。毎日、美味しいものを買ってランチの充実した日々となったが、「鰻ま屋」の鰻、「まつじん」のラムステーキ、「夕張あきんど屋」のじゃがバター塩辛付が特に秀逸。

 

ふるさと祭りだけでなく、11日(水)の夜は東京ドームホテルの「ドゥミル」。12日(木)は銀座松屋で開催中の「上田宗箇展」をみたのち同時開催の「広島物産展」で尾道ベッチャーらーめん、「うえの」の穴子の白焼き、広島風お好み焼きを購入。13日(金)の午後は「野球体育博物館」での野球殿堂の発表&授与式。北別府さんと津田さんが選出される式典に立ち会い、夕刻には連日となる銀座松屋の「広島物産展」。15日(日)は「ひろしま安芸高田神楽 第一回東京公演/新宿文化センター」。儀式舞「神迎え」、第一部「紅葉狩」、「達川光男の応援トーク」を挟んで、第二部「吾妻山」。テレビで「卒業したら都会に行きたい気持ちもあるけど、神楽があるから安芸高田に残る」と言っていた高校生のことを思い出す。16日(月)、10日後に迫った東京広島県人会新春パーティーの決起集会。中締め後は青年部の面々と「もつ千」で2次会。「もつ千」、美味くて安い!マッコリのメニューも豊富だが、一押しはカシスマッコリか。

 

17日(火)、お昼はオープン初日の「千の花 東京ドームホテル店」でユッケジャン定食。激辛で美味い。前夜のマッコリが汗となって吹き出す。18日(水)のお昼は東京ドームホテル43階の「アーティストカフェ」。19日(木)、出勤途中の地下鉄の中で「ビジネスマンのための『行動観察』入門/松波晴人」を読み終える。夜は久しぶりの「いな田」。20日(金)の東京は寒い一日。昼食後、「キルトフェスティバル/東京ドーム」をぶらぶら。21日(土)、15年ほど前に購入して最近は放置していたデスクトップPCを処分。これを機会に、ちょっとだけさっぱりした自分の部屋を片付け始める。まずは、宅急便の箱に入ったままのいただきもののお酒と本棚の整理。本棚をすっきりさせて、本とお酒を並べる予定。22日(日)、娘のリクエストで「かぎ針あみ」創刊号とトウモロコシのひげ茶を購入。23日(月)の昼食後、東京ドームホテルの階段を25階まで歩く。こんなに階段を歩くのは東京タワーの階段を登ったとき以来か。

 

24日(火)、お昼は「後楽園飯店」の飲茶&ヌードルバイキング。夕刻、「ボークレール」で同僚へのバースデーケーキを購入して、夜は「千の花 東京ドームホテル店」で送別会。25日(水)の帰宅途中、29日で閉店となる「山下書店」の店頭に「燃えろ!新日本プロレス 至高の名勝負コレクション Vol.8 『猪木vs国際はぐれ軍団の仁義なき闘い!』」を発見して速攻で購入。そして深夜、有名なラッシャー木村の「こんばんは」を初めて見る。ボクが高校を中退して広島市内に潜伏していた年のできごとだった。何故この有名なシーンを見落としたのか不思議だったのだが、当時、母が毎週金曜日の夜に電話をくれていたからだろうと推測。26日(木)、岡山白陵の後輩たくろーと約30年ぶりの再会。東京出張の忙しいなか、会社に立ち寄ってくれた。「千の花 東京ドームホテル店」でランチがてら白陵トーク。

 

夕刻からは東京ドームホテルで東京広島県人会総会&新春懇親パーティ。義田貴志さんのおかげでカープの野村監督としばし歓談。野球殿堂の関係で昨年末にお会いしていた山本浩二さんにもご挨拶。アフラックの大竹さんやIBMの大歳さんたちビジネスの世界で超一流の方々と触れ合うことができるのも県人会の醍醐味。帰宅して「へうげもの」の最終回を視聴。27日(金)、武家茶道上田流の家元がご来社。28日(土)、午後は部屋の片付けと競馬。すると京都最終レースで今年の万馬券1号(3連複18,040円)をゲット。29日(日)もインフルを警戒して外出は自粛。そのお陰で競馬三昧となったが大きいのを狙いすぎて惨敗・・・。特に東京メインの根岸S(GV)はCトウショウカズン◎で普通に人気馬に流せば今年の万馬券第2号をゲットできたのに。後はアコムマスターカード申し込みをしたな。

 

30日(月)、娘を学校に送っていったはずのカミさんが娘と一緒に帰ってきた。割りと頻繁に発生する月曜病の模様。「後楽園飯店」でのランチ後、娘から「学級閉鎖になった」とのメール。夜は武藤と「あべちゃん」「鉄板じゃけん『もり』」の麻布十番必勝コース。31日(火)は少し寝不足。昨夜、寝る前に録画してあった「N響アワー」を視聴したせいか。それにしても、「N響アワー」が3月末で終わってしまうとは・・・。お昼は「千の花 東京ドームホテル店」でプルコギのランチ。夜は自宅で餃子と鍋。そして、カミさんが買ってきた缶マッコリ。ここ数日で急に娘が耳掃除に興味をもちはじめた模様。娘に耳かきしてもらうと、めちゃくちゃ気持ちいい。

自分探しとあきんど塾

自分を探しすぎると自分を見失うぞ。 あきんど塾にて。

 

大学で何をやるべきか、というような話を色々な人が言っているメルマガがあって、高校生の半分は大学行かないのではとか思ったりしているのだった。まあ、その人たちは別の方法論があるのだろう。長い目で見たら大した問題ではない。

 

ところで公式には「大学の間は、自分探しの旅とライバルに差をつけるための基礎技術習得の二つをやらなければならない」というのが主流のようである。私の時は、とにかくもう大人になりたくないだけで人生最後の何もしないでいい期間なんだと思っていたのだが、あれは私だけだったらしい。

 

正直、大学にいる間に何かやってもあまり意味がないような気もするのである。というのは、そもそもライバルに差をつけるとか、基礎技術とかを大学の間にやるのは短すぎる。ライバルとの差なら大学名で十分だし、基礎技術なんか大学行きながらつくはずないだろう。つけたいんだったら専門学校の方がいい。

 

それに、大学で何かやって差をつけようとするなら、高校や中学、いや小学校の頃からやらないと間に合わないと思うぞ。だってライバルはずっと前から始めているかもしれんのだ。大学からやろうとか思っている時点でもう負けだ。

 

だから、その論法でいくならいい就職するためにはまず小学校から塾とか行って中高一貫校に合格し、そこで十分実力をつけた上で海外のホームステイでも短期留学でもしてハクをつけ、まずはいい大学に入る。そして英検とかTOEICとかでいい成績あげたりしてカードを揃える。大学で何をやるべきかなんて、最後の仕上げに過ぎないだろう。

 

しかしなあ。実は新卒で正社員になってからが長いのだ。定年まで勤めるとすると、(浪人や留年しなければ)最短で38年間、延長すると43年もあるんだぞ。その間、何もしないはずがないから、大学の4年間なんかその十分の一に過ぎない。まあ正社員になるために大学で何をやるか、というのなら判らんでもないのだが、その後40年もあったらどうなるかわからん。

 

そういうことを、多分回答者も読者も考えてないんだろうな。そんなの考えても仕方がないと言えばそうだ。私だって大学出る時には、まさかコンピュータがここまでくるとは思わなかったもんなあ。コンピュータソフトの会社に入った私ですらそうなのである。当時はパソコンなかったし、携帯は音声のみでハンドガン並の大きさだったからな。

 

だから、今がんばっている会社に正社員で入っても、どうかなあ。むしろいい会社ほど競争が激烈で、途中でオチコボレる確率は高いだろう。会社自体がオチコボレるかもしれん。入ったところで大抵の人は配属でどこに行くかは運だし。

 

自分探しはしといた方がいいな。

私が法人起業して

おかげ様で、私が法人起業して2年がたちました。
まあ、色々な事がありましたが、これも、周りの人のお陰だと日々感謝するばかりです。某大手商社との取引もはじまり、ちらほらと取材だなんだといわれ、バタバタと過呼吸になりそうな時があります。

 

今年は変化の年。

 

子どもは中学受験本番に入り、子どもが塾にむいてないようなので
自分たちで見ることになり、楽しいけど、時間が‥。

 

某大学の空手道を中高生と一緒に習い、4月に昇段試験があるので、
先生から平安5段と観空大という形を500回するようにいわれてるのだけど、
時間が…。

 

某NPO法人を主催の為、色々と動いておりますが、書類とか手続きとか。。
時間が‥。

 

時々、某雑誌に書いている仕事…。やっつけ仕事になってしまって、
時間が…。

 

若い時は、どんなに忙しくてもさばいていたけど、最近、時間についていけないと感じる時があります。

 

でも、とりあえず何も考えずやっていきます!

あきんど塾の宿題

今日も宿題をやる気が起こらず、珍しくテレビなど見て逃避、そしてとっとと寝ようと思っていたところ、お風呂の中でふと思いついたことがあったので書き留めようとPCに向かった。

 

生来の面倒くさがりやで、おまけにこのところの寒さもあって、せっかく知った「あきんど塾」のあの「洗顔法?」をずっとサボっていた。
が、新しい石鹸を使い始めたことをきっかけに(泡立ちがもっちり)一昨日から略式に復活させた。(ただし毎日やるとは限らない)

 

あー、こんなにお手入れしてないのに、何とか街中を歩けてありがとう。すっぴんではちときついけど・・・。厚化粧しないと外出できない人もいるしなぁ。そうかと思えば確実に無頓着だけど美人もいるなぁ、と、具体的に例となる人のお顔を思い浮かべながらタッチしていた。
すると、「美しい人は自分の美しさを(自分が美しいことを)知っている」、という言葉がふと思い浮かんだ。(同じ言葉を二度も使うのは気に食わないが考えるのが面倒。夜も更けてきたし) 無添加シャンプーして寝よう。

 

そして妄想のように思いが広がっていった。

 

夏休みの宿題を最終日に泣きながらやり始めていた小学生の時分から、私のこのギリギリまでやらない性癖は直らない。
こんな自分を情けなく思っていた。ピンチに陥っていたときは。
だけど、結果がうまくいくと「なんだ、今回もセーフ。うっしっし」なんて喉元過ぎてしまったから、土壇場の苦しみを繰り返していた。
昨年も、つくづく自分が嫌になるほど怠けた結果のパニックを味わった。

 

でも、続いて「自分が合格することを知っていたからあくせく勉強しなかった」という、言葉がやってきた。
努力できないのは、努力する必要がないからなんだ。
(努力しなくて不合格、失敗したことも多々あるけど・・・大学からして・・・)